お昼の東洋哲学

日本の伝統的価値観だとか殊更に言われるようになった昨今。ほんとうにそれは伝統的な価値観なのか基本に立ち返ってみよう。お昼に1つずつどうぞ。序をのぞき全10章。

10 最後に〜日本の思想は命を尊ぶ〜

 僕は明治維新後の時代とソビエトは似ていると思っている。思想的な面で、それまで育んできたものを何らかの方向性に無理矢理、人為的に変更した点や、文化や宗教の多様性を奪い、単一の方向へ集約していくところなども似ている。そしてどちらの「壮大な実験」は、それなりの意義を残しつつも崩壊してしまう。ちょっと今度あらためてきちんと比較してみたいと思う。

 ところで、歴史を評価するときに、「歴史認識、歴史的事実、歴史的背景だけ」で考える人が多すぎる。なぜそこに「思想・哲学」が入ってこないのか。世の中、歴史小説好きはかなりの数がいるが、そういう人と「日本の古い哲学や思想」について話そうとすると、ほぼ間違いなく歴史的偉人の行動や活躍から見出される「人生訓」の話になるだけで、その時代の思想や哲学の話をできることはほとんどない。

 

 「歴史的事実」は、実はいくらでも書き換えや解釈が可能なことは、歴史好きならわかるはず。まさに仏教哲学の言う「関係性によっていくらでも変わってしまう『空』なるもの」である。それに対し、思想哲学の書き換えは本来不可能である。書き換えた時点で別のものになるからだ。

 

 だから、歴史的背景がどうあれ、それがどういう思想のもとに行われたのかという分析がないかぎり、その時代の理解にはならない。「当時は欧米列強の不当な圧力があったから云々」という話はわかった。だけれど、それによってなんらかの選択肢を選び、なんらかの強制を国民に強いた際に根拠となった思想に対する分析はないのか?と問いたい。人為的に構築されたその思想自体に、後の崩壊に繋がってしまう因子がそこに見出されるのならば、それはどんな歴史的背景があろうと、いずれ同じ道を辿ったに違いないのだ。

 

 維新後の思想には、間違いなく「多様性の否定」と「生命の軽視」がある。もちろんそれ以前の時代にそうしたことや階級差別などはあった。共同体の維持を優先するための「村八分」や、以前書いた「神判」なども存在した。ただしそれらは、共同体が生きていくための規律を優先するためか、単なる権力闘争の手段として使われており、「多様性の排除」が第一の目的ではない。ちなみに「村八分」とは「二分=火事、葬式」以外は関わらない、という意味である。火事は、本人および共同体の生命に関わる事態であるし、葬式も生命に関わる事象であるから、そこは許されており、最低限「命」は守られることを意味する。

 

 日本の思想の根幹を為す「仏教」「儒教」「神道」はそれぞれ生命を尊ぶ。「切腹」などは一部に階級の特殊な風習と考えた方が良い。

 仏教は殺生を禁じる。儒教は現世での生をなによりも大切に扱う。神道も黄泉の国を嫌い、現世の生を尊ぶ。そして何よりも「子ども」を聖なる存在として扱う。神道的観点からは、「家」は「子どものため」にあるのだ。

 

 それらが、すべて人為的に変更されたのが維新後の80年である。そして、そこに、きちんとした分析もなく回帰しようとしているのが今の日本である。

 

 僕は、維新以前の思想が全て良い等とも思っていない。富永仲基が言うように、その思想と、その思想が生まれた動機や背景を正しく分析して「今の時代にあった道」を選べば良いと思うのだ。

  僕は「自虐史観」という言葉を使うことに、違和感を覚える。そういうふうに言う人は「歴史的事実、背景」しか見ず、「思想」をきちんと分析していないように見えるし、むしろそう言う人が何かに対して「卑下」し「自虐的」になっているのではないかとも思う。

 

 冒頭に引用した岡倉覚三(天心)の言葉は、それこそ卑下することもなく、日本の育んだ思想の重要なポイントを捉えた言葉だと僕は思う。